東京高等裁判所 昭和25年(ネ)465号 判決
控訴代理人は原判決を取消す、控訴人等に対し被控訴会社の從業員たる地位を仮に定める、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
三、事 実
控訴人等の仮処分申請の理由は次の通りである。
訴外三菱化工機株式会社(以下旧会社という)は、化学機械の製造販賣を目的とし、川崎、横浜、船橋に工場を有する株式会社であつて、控訴人久瀬川は昭和十四年四月右会社の川崎工場に檢査工養成工として雇われ、六ケ月の養成期間を過ぎて檢査工となり昭和二十年三月当時日給一円三十銭であつたが、同月應召して外地に派遣され、終戰後はシベリヤに抑留されていたが昭和二十四年八月十一日帰還した。又控訴人渡辺は昭和十七年一月設計課技師補として右会社の川崎工場に雇われ同年十二月技手となり、同二十年二月当時本俸五十一円とその他の手当を受けていたが、同月應召して外地に派遣され、終戰後シベリヤに抑留されていたが、昭和二十四年十月三日帰還した。而して右旧会社は特別経理会社として指定されたが被控訴会社は右旧会社の決定整備計画に基いてその第二会社として昭和二十四年九月一日設立された。而して被控訴会社の設立に先きだち同年六月八日当時旧会社の取締役社長であつた加藤謙は川崎工場においてその全從業員に対し全員を近く設立せられる第二会社に引継ぐことを言明し、次いで被控訴会社が第二会社として設立せられるや、川崎工場の從來の從業員全部を引継いで雇傭するに至つた。而して控訴人両名は旧会社の川崎工場の從業員であつたから被控訴会社の從業員となつたことは明かである。然るに被控訴会社は控訴人等が從業員であることを否認するので控訴人等は被控訴人に対し從業員たることの確認の訴を提起しようとするのであるが、本案の確定までには時日を要すべく、然も控訴人等は從業員としての給料を以て唯一の生活資料としているのでその間何等の給料の支拂を受け得ないときは生活に脅威を與えられ、回復し難い著しい損害を蒙るので、本件仮処分申請に及んだのであると陳述した。
被控訴人の主張に対し次の如く述べた。昭和二十四年七月十九日控訴人等の家族に対して控訴人等を退職せしむる旨の通知のあつたこと、同年八月二十日控訴人久瀬川に対し解雇通知と共に予告手当退職金が郵送されたこと、同年九月八日控訴人渡辺の母に対して予告手当が支拂われ同控訴人が同年十月七日退職金を受領したことは認めるが控訴人両名が解雇を承認したとの事実は否認する。
(一) 被控訴人主張の控訴人等に対する解雇の意思表示は次の理由により無効である。即ち(イ)旧三菱化工機川崎工場の從業員は昭和二十年十二月十七日三菱化工機川崎労働組合を結成し会社利益代表者を除き全從業員は反対の意思表示なき限り組合員となる旨決議したが、同組合が旧会社との間において昭和二十三年三月十八日締結した労働協約によれば從業員たる者は当然に組合員とならなければならない旨定められているから、控訴人等はたとえ帰還の日迄右労働組合結成の事実を知らなかつたとしても、旧会社の從業員であつた以上右労働組合の組合員となつたものといわざるを得ない。然らずとしても控訴人久瀬川は昭和二十四年八月十八日、控訴人渡辺は同年十月七日組合に加入し組合員となつたものである。而して右労働協約第十七條によれば停年に達した者又は本人の願いによる者を解雇する場合の外、会社は組合員の解雇に就いては予め組合の諒解なしに行わない旨規定され、労働協約の諒解事項として組合と旧会社との間に取交した覚書第四項には右第十七條の「諒解なしには」とは「同意なしには」との意味であることを明かにしている。而してこの労働協約は昭和二十四年七月三十一日迄効力を有したのに拘らず旧会社は組合の同意を得ることなく、右協約の有効期間内である昭和二十四年七月十九日附を以て控訴人等未帰還者の家族宛に解雇の意思表示をしたのであるから、その意思表示は無効である。尤も右労働協約の期間経過による失効後、控訴人久瀬川に対しては同年八月二十日、控訴人渡辺に対しては両年十月七日再度解雇の意思表示が爲されているが、それは七月十九日附の解雇の意思表示の延長たるに止り新な意思表示でないから、既に七月十九日附の解雇の意思表示が無効である以上その延長たるに過ぎないところの、その後の意思表示も当然無効である。仮に同年八月二十日及び十月七日に爲した解雇の意思表示が、右労働協約失効後に爲されたものとして、その労働協約違反にあらずとしても右解雇の意思表示当時川崎工場において行われた就業規則第十四條乃至第十七條によれば、從業員が組合員である場合会社はその解雇につき予め組合の諒解を得てこれを行う旨規定せられており、右解雇はこれに違反するから無効である。而して就業規則は労働協約と異る別個独立の存在であり、労働協約の失効によつてこれと共に失効したものではない。
(二) 旧会社が昭和二十四年四月一日附で被控訴人主張の如き休職期間満了によつて退職となる旨の規定を定めたこと、旧会社から控訴人等の家族に対しその旨の通知があつたこと並に復職の通知がなかつたことは認めるが、右は一種の就業規則の変更である。然るに就業規則の変更には労働組合の意見聽取、官廳への届出その他の手続を要するに拘らず、右休職及び退職の定については、右のような手続を経ていないから、その定は効力がない。(疎明省略)
被控訴代理人は答弁及び抗弁として次の通りに述べた。
旧三菱化工機株式会社が控訴人等主張の如き株式会社であつて、控訴人等がその川崎工場の從業員であり、その主張の如き経歴を有し、その主張の日に帰還したこと、被控訴会社が旧会社の第二会社として成立したものであることは認めるが、被控訴会社は旧会社の川崎工場の從業員全部を引継いだことはなく、控訴人両名は現に被控訴会社の從業員ではない。控訴人両名は次の事由により解雇されているものである。即ち(イ)旧会社は昭和二十四年七月十四日控訴人等未復員者全部を退職せしめることに決定し、同月十九日控訴人等の代理人である家族に解雇の通知を爲したが、更に控訴人久瀬川に対しては同年八月二十日解雇通知を爲すと共に予告手当、退職金を送付したところ同控訴人はこれを異議なく受領し以て解雇を承諾した。又控訴人渡辺の母は控訴人渡辺の代理人たる資格において同年九月八日控訴人渡辺の退職を承認の上予告手当を受領し、更に控訴人渡辺は帰還後十月七日退職金を受領して退職を承認した。(ロ)仮に然らずとしても、旧会社は昭和二十四年一月一日附を以て未復員者全部を休職とすることに決定し、休職期間を一年とし、その間に復職の通知を受けなかつた者は休職期間の満了によつて退職となることを定め、控訴人等未復員者の代理人である家族に通知した。よつてこの規定により未復員者である控訴人等は同年十二月三十一日を以て退職となつたものである。
被控訴代理人は控訴人等の再抗弁に対し次の如く述べた。
旧三菱化工機川崎工場の從業員が昭和二十年十二月十七日三菱化工機川崎労働組合を組織し、会社の利益代表者を除き全從業員は反対の意思表示なき限り組合員となる旨決議したこと、同組合が旧会社との間に昭和二十三年三月十八日締結した労働協約が昭和二十四年七月三十一日迄その効力を有したことはこれを認めるが、右組合は右昭和二十年十二月十七日において控訴人等の未復員者を除外して結成されたものである。又右昭和二十三年三月十八日締結の労働協約中には控訴人主張の如き條項はあるにせよ、從業員はこれによつて当然組合員となるものではなく、組合加入の意思表示によつて初めて組合員となるものである。又川崎工場の就業規則には控訴人等主張の如き規定はあつたが、これは右昭和二十三年三月十八日締結の労働協約の存在を前提としたものであり、右協約が昭和二十四年七月三十一日限り失効すると共にその効力を失つたものである。而して右労働協約及び就業規則において規定した解雇に関する定は、孰れも組合の同意乃至諒解なくして組合員の解雇を行わない旨の債務を組合に対して負担したに過ぎざるものであり、これに違反して爲した解雇と雖もその効力は無効となるものではない。(疎明省略)
四、理 由
旧三菱化工機株式会社が化学機械の製造販賣を目的とした株式会社であり、控訴人等がその川崎工場の從業員であつてその主張の如き経歴を有した者であり、應召して外地に派遣され終戰後はシベリヤに抑留されていたが、その主張の日に帰還したこと、旧会社は特別経理会社として指定されたが、被控訴会社は旧会社の決定整備計画に基き、その第二会社として昭和二十四年九月一日成立したものであることは当事者間に爭がない。而して成立に爭のない甲第十三号証及び当審証人野間克己の証言により旧会社については第二会社として被控訴会社の外、田中機械株式会社が設立せられたこと及び旧会社は右の二つの第二会社に対し、その資産を現物出資したものであることを認め得る。
仍つて控訴人等が現に被控訴会社の從業員であるか否やにつき按ずるに、決定整備計画に基いて二以上の第二会社が設立せられ特別経理会社がこれにその資産を出資した場合、第二会社は特別経理会社の新勘定に所属する債務を分担して承継することを原則とするが、その会社の從來の雇傭関係を当然に承継するものとは認め難い。しかし本件の場合当審証人野間克己、南島勝の証言によれば被控訴会社はその成立と共に旧会社川崎工場の從業員全部を雇傭するに至つたことが認められるから、旧会社の從業員であつた控訴人等も亦被控訴会社に雇傭せられ、その從業員たるに至つたものというべきである。しかしながら旧会社が昭和二十四年八月二十日控訴人久瀬川に対し解雇の意思表示を爲すと共に予告手当、退職金を郵送したことは、当事者間に爭なく、原審証人原田修一、水越誠一の証言により右予告手当は法律の要求する額を充したものであつたことが推認し得るから、右解雇の意思表示と予告手当の交付によつて控訴人久瀬川に対する解雇はその効力を生じたものというべきである。又被控訴会社が控訴人渡辺の母に対して同年九月八日解雇の意思を表示したところ同控訴人の母においてこれを承諾したことは前記証人の証言により認め得べく、同日控訴人渡辺の母に対し予告手当の支拂を爲したことは当事者間に爭のないところであり、而して前記証人の証言により同控訴人は帰還後同年十月七日異議なく退職金を受領したことが認められるから、仮に同控訴人の母に同控訴人を代理する権限がなかつたとしても、同控訴人は母の行爲を追認したものと認むるを相当とする。然も右証人の証言により同控訴人に対する予告手当も亦法律の要求する額のものであつたことが認められるから、同控訴人に対する解雇も有効なものと解さゞるを得ない。この点につき控訴人等は次の如く主張する。即ち旧会社川崎工場の從業員によつて組織される三菱化工機川崎労働組合が旧会社と昭和二十三年三月十八日締結した労働協約によれば同会社の從業員たる者は当然に組合員とならなければならない旨定められているから、控訴人両名は右組合結成の当時未だ帰還していなかつたが同会社の從業員であつた以上、当然に右組合の組合員となつたものであり、而して更に右労働協約によれば組合員たる從業員の解雇は、予め組合の同意を得ることなしには行わない旨規定せられているから、組合の同意なくして組合員たる控訴人等を解雇したのは右協約に違反して無効であると主張する。しかしながら労働協約に從業員たる者は当然に組合員とならなければならない旨の條項のある場合と雖も、それは組合と使用者たる会社との間において協約上の効力あるに止り、当然に組合員たらざる個々の從業員をして組合員たらしめる効力を有するものではない。尤も右の條項は組合の統制力を強化せんとするものであり、該條項の存する場合組合に加入しない從業員は解雇される危險に曝されるが、しかし個々の從業員はなお組合に加入し又は加入せざるの自由を有し、その意思によらずして右條項により当然に組合員となるものではない。從つて斯る條項の存在により控訴人等が当然に右組合の組合員となつたものとは解し難い。而して甲第十一号、第十二号証によれば三菱化工機川崎労働組合の組合員の名簿中に控訴人両名の氏名が記載されているように見えるが、原審及び当審証人十時惟臣の証言によれば右組合には本來組合員名簿がなく昭和二十二年七、八月以後において旧会社の從業員名簿を写して組合員名簿としたことが認められるから、右甲号証によつては未だ控訴人が組合員だつたものとは認め難く、此点に関する原審及び当審証人南島勝、田島三郎の供述は措信し難く、その他控訴人等が復員後右組合に加入したことを認め得べき措信するに足る証拠はない。從つて控訴人等の右主張は採用し得ない。然らば控訴人等が被控訴会社の從業員たることにつき仮の地位を定めることを求める本件仮処分の申請は失当視せざるを得ない。
仍て右と同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第九十五條を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 松田二郎 河合清六 岡崎隆)